「父から遣わされた方」

「主は生きておられる。主がわたしに言われる事をわたしは告げる」         列王記上 22編14節

「わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証ししている。」
       ヨハネによる福音書 5章36節

 イエスさまが、私たちに福音を教えてくださった時、「言葉」と「業」とによって示されたと、聖書にあります。「言葉」とは、イエスさまが話された言葉そのものを言っているのと、旧約聖書に書かれている救い主、メシアに関する預言を使って、福音を告げられました。また、「業」とは、イエスさまが病人を癒やし、悪霊を追い出し、嵐を静める等、「奇跡」と呼ばれている出来事を指しています。
 イエスさまは、神さまでありまた、人でもありましたので、イエスさまが語られた言葉そのものが、神さまの言葉。あるいは、父なる神さまから託された言葉でした。また、「業」も神さまによって行われた出来事でした。
 イエスさまが復活されて天に昇られたあと、私たちはイエスさまを直接見ることはできません。しかし、毎週日曜日礼拝で語られる説教は、神さまから預けられた言葉を牧師が語り、礼拝の中に共にいてくださる聖霊なる神さまが、私たちの信仰をより深く、豊かなものへとしてくださるのです。
 旧約聖書に登場する預言者たちは、聞いた時、よいと思うことも、悪いと思うこともすべて神さまから託された言葉を語りました。そのことが、神さまによって選びだされ、神さまに仕える者としてなすべきことであったからです。わたしたちも、礼拝で語られるみ言葉は、神さまから託され、与えられ、私たちに希望と力を与えるものであると信じて、礼拝を大切に守りたいと思います。

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