「後から来られる方」

「わたしは来て あなたのただ中に住まう」                ゼカリヤ書 2編14節

「その人はわたしの後から来られる方」
          ヨハネによる福音書 5章36節

 お迎えに行かなければ来ない人と、待っていても来てくれる人のどちらを、あなたは好きになるでしょうか?
 突然こんなことを聞かれたら、どういうことだろうか? と思ってしまうのではないでしょうか。
 じつは、これは、この世の中で神さまとよばれている方のことについて聞いています。日本の神社に祭られている神さまは、年に一度は、お神輿に担がれて、待っている人のところへつれていかれます。また、お寺で祭っている仏は、お寺に行くか、うつし身といって、同じ仏の像として作った仏像を持ち帰ることで、必要としている人のところに来ます。

 ところが、一切像を作ってはならないと言われた、私たちの神さまは、神さまを信じる人のところへ来てくださる方なのです。イエスさまがこの世に生まれる前は、エルサレムにあった神殿に神さまがおられると信じられていましたが、イエスさまがお生まれになったことで、神さまが人となって私たちのところへと来てくださいました。
 わたしたちはだれでも、行動できる範囲を限られたり、してもよい行動が制限されたら、不満を持ったり、不安になったりします。ところが、わたしたちの神さまは、私たちを救うために、人となられました。神さまとしての権限、力の行使を後回しにしてでも、私たちのところへと来てくださったということ。
 そのことに、神さまの愛が示されています。

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